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岩偶

岩偶は昭和62年の観音林遺跡第6次調査で出土した。観音林遺跡は五所川原市東部、松野木川右岸の標高30mの河岸段丘上に位置する縄文時代前期~晩期、平安時代の複合遺跡で、中心時期は縄文晩期中葉~後葉である。昭和49年(1974)、昭和58~平成3年(1983~91)の計10次に及ぶ発掘調査が行われている。

岩偶は遺跡南側緩斜面に形成された厚さ3mに及ぶ縄文晩期中葉~後葉の捨て場(遺物包含層)から出土した(A地区・K1グリッドⅡ層)。岩偶の文様や共伴する土器から、岩偶の時期・年代は縄文晩期中葉~後葉である。

岩偶の大きさは、長さ11.8㎝、幅は最長の肩幅部分で7.2㎝、厚さは最厚の乳房部分で2.6㎝を測る。重さは81.9gである。石質は軟質凝灰岩である。右肩の裏側一部が剥落しているが、全体の形状が分かる大変貴重なものである。丸い頭部に目と口が表現されている。目は楕円形で中に沈線が引かれる。口は小さく三角形である。頭部裏側に渦巻文が、体部の表・裏面に渦巻文と入組文が隙間なく描かれている。体部に入組状の曲線文が施され、全体にベンガラ(赤色顔料)が塗られている。

岩偶は旧石器時代からすでに存在する人形の石製品で、土偶に比べて圧倒的に数が少ないが、縄文時代前期と晩期に比較的多く認められる。縄文晩期のものは東北地方の遮光器土偶とよく似ており、美術工芸的にも価値が高い。また、土偶と同じようにほとんどが割れて出土することから、玩具、護符、安産、病気・傷害の身代わりとして用いられたとする説や乳房表現があり女性と思われることから、母性に象徴される子孫繁栄の女神像や守護神とする説がある。

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担当 社会教育課文化係

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