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五月女萢遺跡(そとめやちいせき)

五月女萢遺跡は岩木川河口に広がる十三湖北岸の砂丘上に位置しています。

遺跡は平安時代以降に堆積した最大3mに及ぶ砂丘に厚く覆われており、遺跡の保存状態が極めて良好でした。

 

遺跡は昭和50年の開田事業に伴って発見され、昭和56年、平成17年、平成22~25年度に発掘調査が行われています。

 

遺跡の時期・年代は、縄文時代後期・晩期、弥生時代、奈良時代(8世紀)、平安時代(10世紀前半)、中世(12~15世紀)の複合遺跡ですが、その多くは東北地方縄文時代晩期の亀ヶ岡文化が中心です。

 

縄文時代の遺構には、貝塚を含む捨て場6ヶ所、土坑墓(お墓)139基、墓域に至る参道と思われる道路状遺構1条、柵列跡、掘立柱建物跡2棟、土偶や石棒など性を象徴する遺物を多く含んだ集石遺構1基など、祭祀を構成する遺構が多く発見されています。注目すべきは丘陵頂部を取り囲むように、南北40m×東西60mの範囲に環状に分布する土坑墓群です。土坑墓は縄文時代後期後葉(約3,500年前)から晩期後葉(約2,500年前)まで約1,000年間にわたって造られていました。また、土坑墓には盛土(マウンド)や墓石を伴うものも認められ、その上部構造まで明らかとなった例もあります。

遺物では土器約12トン、石器約20万点など極めて多くの遺物が出土しています。その中でも人面付浅鉢形土器、縄文人骨(7体分)のほか、骨角器や動物の骨も豊富に出土しています。

 

このように亀ヶ岡文化の祭祀場全容がわかる学術的にも貴重な遺跡であるとして、平成29年に市史跡に指定されています。

 

参考

五所川原市教育委員会2017 『五月女萢遺跡 (第1~3分冊)』五所川原市埋蔵文化財調査報告書第34集

 

五月女萢遺跡 主な遺構配置図

 

五月女萢遺跡 全景

 

人面形浅鉢

 

土器

 

石器・石製品

問い合わせ先

担当 社会教育課文化係

電話 0173-35-2111

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