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十三・湊迎寺の五輪塔

見学 備考
市浦歴史民俗資料館にて展示

 

湊迎寺の本堂に向かって、右側に並ぶ石碑・石塔群の中に置かれていたもので(現在は市浦歴史民俗資料館にて展示中)、地輪から空風輪までそろった美しい姿を残しており、風化はあまり進行していません。
石色はやや青味を帯びた白色を呈し、種子は月輪に囲まれて、正面だけ刻まれています(左右・裏面にはない)。発心門のキャ・カ・ラ・バ・アで、薬研彫りです。
法量は高さ81cm、地輪の幅26.7cmであり、鎌倉時代後期~室町時代前期の造立で、完全な組み組み合わせの五輪塔です。
年代・発見地などから、十三湊における安藤氏の活動を示す一級資料です。

この五輪塔は、明治25(1892年)年頃、十三集落の南端、深津2番地で発見されました。
現在、馬頭観音ほか民間信仰碑があるところの西側、屋敷の主だった長兵衛が厩を造る際に発見され、その後、湊迎寺の境内に安置されました。
使用されている石材は男鹿半島の加茂石と推定されており、八郎潟東部に似た五輪塔があること、種子の刻み方も類似していることから、製品として十三湊にもたらされたものと考えられています。
五輪塔は、日本で発達した石造記念物であり、平安時代後期に起源を持ち、密教の五大思想(地・水・火・風・空から、この世は成り立つという考え)をあらわす石塔です。石塔は下から方形・球形・三角形・半球形・団形の石を積みます(半球形と団形は一石から刻まれます。一般には下から地輪・水輪・火輪・空輪・風輪と呼ぶ)。また、時代が下ると五大を示す石塔を拝む信仰から、有力者の墓標になっています。

 

十三・湊迎寺の五輪塔

湊迎寺の五輪塔

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