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阿部家住宅主屋・文庫蔵(あべけじゅうたくしゅおく・ぶんこぐら)

見学 期間 備考
食事処「みどり亭」来客者のみ一部見学可(文庫蔵は外観のみ公開) 4月から12月 電話:0173-29-2006

 

通称「大阿部」と呼ばれている羽野木沢の阿部家は元和3(1617)年から続く五所川原地方の大地主である。建築年については、明治45(1912)年に撮影された写真(書籍ふるさとのあゆみ五所川原/昭和56年8月25日発行/津軽書房)から、少なくとも築100年以上経過していることが確認できるが、正確な建築年代を特定する資料はない。現在も阿部家の方々が居住しており、食事処「みどり亭」来客者にのみ住宅の一部を公開している。
主屋は間口19間に奥行10間の平屋部分に、間口13間、奥行7間の2階をもつ大型の住宅で、木造切妻葺き屋根の近代和風建築であり、主屋「ざしき」奥に縁側でつながる附属屋(離れ)と「なかのま」から厨房(改築前は板の間廊下)を通ってつながる土蔵が建っている。雪国独特の意匠である(軒を深く飛び出させるための)二重船枻(せがい)造りに化粧垂木を見せた軒組に少し起り(むくり)をもつ切妻屋根の外観は、当初のクリの柾葺の上に、現在は鉄板が葺かれている。
概ね建築当時の様子を伝えているが、今の生活に合わせるために、1階西側の「だいどころ」・「ちゃのま」(広間)・土間廻り(雪国である津軽地方の旧家でよく見かける広い三和土(たたき)、津軽では庭(にわ)と呼ぶ、建物内部の土間)を中心に大幅な増改築がなされている。しかし「げんかん」から「なかのま」を通り、「さぎのま」を経て「ざしき」に至る鍵座敷廻りは、手を加えられていない。「なかのま」と「さぎのま」・「ざしき」の間の欄間は繊細な菱格子で、「さぎのま」と「きくのま」の間の欄間は瀟洒な細工が施されている。「ざしき」は「ぶつま」と「とこのま」を並べて正面に配し、この地域の長と思わせる佇まいであり、右手に「ちがいだな」・「しょいん」が設けられ、縁側をはさんで、国指定名勝「盛美園」(青森県平川市)と同様に大石武学流と呼ばれる津軽独特の作庭様式である見事な庭園に続いている。
2階には「とこのま」付きの和室4部屋と洋間1部屋、そして西と東に広い屋根裏部屋がある。「きたのへや」は8畳の続き間座敷で、1階同様に欄間など瀟洒な細工が施され、内観・間取りとも建築当時の様子を残している。
「ざしき」奥に縁側でつながる附属屋(離れ)1階には、食事処来客用に増改築された便所・手洗い場と洋間1部屋(和室続き間を増改築)に和室1部屋がある。2階は、建築当時のままに残されている、「とこのま」付きの和室1部屋があり、南西向き角部屋の出窓からは、庭園を望むことができる。
土蔵は、外観が上部を白漆喰、下部を重厚な海鼠壁で仕上げられ、ひときわ目立つ存在となっている。また、住宅全体の襖絵(全117箇所)は、明治10年代に北海道函館で活躍した日本画家「木戸竹石」の筆で統一され、欄間彫刻などにも和洋折衷風のデザインが取り入れられるなど、細部の仕上げも瀟酒で優れたものが多く、明治期後半の上層民家の様子を伝える遺構である。

 

主屋

写真:阿部家主屋

 

文庫蔵

写真:文庫蔵

地図

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